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印刷ページ表示 更新日:2023年2月28日更新

松前町とはだか麦

昔の日本では、どこの農家でも麦を栽培し、加工していました。麦とは日本人にとって馴染みの深いものでした。
しかし、現在では農業に従事する方が減り、麦畑の景色を見ること自体少なくなっています。そんな中、松前町には、はだか麦を栽培する農家がまだまだ残っています。黄金色に輝く麦畑は、松前町の初夏の風物詩であり、見るだけで心なごむ美しい風景です。美しさもさることながら、この風景からは、たくさんの価値が生まれているのです。
なぜ、松前町では、はだか麦の生産が盛んなのでしょうか。
松前町には、このはだか麦の語り継がれる伝説があります。江戸時代の享保の大飢饉のとき(1732年)、松前町の農民「作兵衛」は食糧がなくなっても種麦には手をつけず、種もみを残すことで多くの人の命を救いたいと願いながら亡くなりました。そして翌年、作兵衛の残した種もみをまいて育てた麦は豊作で、多くの村人が救われたという話です。
松前町のはだか麦には、強い思いが込められているのです。今でも、義農作兵衛の心を受け継ぐかのように、途切れることなく盛んにはだか麦が生産されています。松前町のはだか麦は、昔から人々と歩んできた、たくさんの思いの詰まった誇りのある地域の宝なのです。

品種・歴史・産地

はだか麦は、実と皮のはがれやすさに着目した系統名の一つで、その名の通り、簡単に皮がはげて実が取り出せる品種群のことをいいます。そして麦と言っても、小麦ではなく、大麦の一種に分類されます。はだか麦は寒さに弱いため、比較的気候の温暖な西日本で多く栽培されていて、降水量が少ない瀬戸内海沿岸で取れる物が特に高品質とされています。
麦は人間にとって最も馴染みのある農作物の一つです。そんな麦の歴史は古く、大麦は世界最古の栽培植物の一つで、1万年ほど前から西アジアから中央アジアにかけて栽培されていたと言われています。日本へは小麦よりも早く、1800年ほど前に中国から伝わり、奈良時代には日本各地で栽培されていました。大麦は日本人にもかかわりの深い農作物なのです。栽培している農家のほとんどが、はだか麦と米の二毛作を行っています。二毛作は、日本では鎌倉時代から普及した伝統的な栽培方法で、一年間に同じ耕地で、種類の違う物を二つ育てることです。松前町では、元禄から享保(1688―1735年)のころに備中ぐわが普及して、二毛作が定着しました。その頃から水田の裏作として麦類を栽培し、麦ごはん、麦みそ、醤油、お菓子など、さまざまな形で食べてきました。かつて麦類の8割ははだか麦で、残りは大麦、小麦だったようですが、戦後の高度経済成長期を境に、国産の麦価格の低迷や食生活が変化したことにより、麦類を裏作として二毛作を行っている農家が全国で激減してしまいました。
しかし、松前町ではまだまだ二毛作を行っている農家が数多くあります。そして、その生産量は全国でもトップクラスです。平成23年の生産量は5250トンで、全国の生産量の約4割を占めます。そのうち、松前町の生産量は778トンと、西条市に次ぐ生産量を誇っています。約130戸の農家が合計約200ヘクタールで栽培しています。松前町の面積は2032ヘクタールですので、町のおよそ10分の1ではだか麦が栽培されていることになります。まさに「町の特産品」といえる農作物です。日本からかつての麦畑の光景は失われつつありますが、松前町の日常の風景の中には、当たり前のように冬から春にははだか麦が、夏から秋には稲が見られるのです。

栄養・機能

はだか麦の最も主要な成分は食物繊維です。
その中でも「β-グルカン」と呼ばれる水溶性繊維は、血液中のLDLコレステロール値を正常化する働きで、健康志向の高まりとともに世界中で注目されています。
また、大麦に含まれるカルシウムはお米の4倍以上※です。白米よりもかために炊きあがるため、良く噛む必要があり、強い歯やあごの育成にも役立ちます。

※出典:日本食品標準成分表2020年版(八訂)

はだか麦の栄養や機能について伺いました。

はだか麦の栄養や機能について、愛媛大学 大学院農学研究科 渡部保夫教授に伺いました。
渡部教授は、穀類に含まれるβ-グルカンの利活用に関する研究など作物と食品に関する研究を
幅広く手がけられています。

愛媛大学 大学院農学研究科 渡部保夫教授インタビュー<外部リンク>